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学校給食の歴史【1】:戦前から始まっていた学校給食


 

■ 学校給食は戦前から始まっていた

学校給食はいつ頃から始まったと思いますか。
戦後、占領軍であるGHQの指令により、栄養失調の子どもたちの成長を補う目的で始まったのではと考える方も多いかもしれません。
昔の給食というと、コッペパンとアメリカ軍から提供された脱脂粉乳の印象が強いので、戦後に始まったイメージがありますが、実は戦後ではなく、戦前に日本独自のものとして始まりました。
どんな始まりだったのか、歴史を辿ってみましょう。


■ 始まりから戦前の主な歴史

日本で学校給食が始まったのは、とある学校でした。
明治22年、1889年のこと、現在の山形県鶴岡市にある忠愛小学校で貧困児童を対象に食事を無償で提供したのが始まりと言われています。
大正時代に入り、大正12年の1923年には、現在の文部科学省に当たる部署から文部次官通牒として、「小学校児童の衛生に関する件」が発せられました。
そこには、児童の栄養改善のための方法として学校給食が奨励されています。
それから学校給食は貧困児童の救済や栄養改善に向けて全国へと広がりを見せ、内容的にも充実していきました。
そんな中、戦争へと突入した日本は、昭和16年、1941年に太平洋戦争による食糧不足のため、学校給食が中止されるに至ります。
以下では、明治、大正、昭和の戦争までの歴史を詳しく見ていきます。


■ 一部の学校や地域で給食がスタートした明治時代

学校給食が始まったとされる、貧困児童を対象にした忠愛小学校の無償給食の内容は、おにぎり、塩鮭、菜の漬物と当時としては充実の内容と言えます。
その後、明治40年には、広島県の大草村で義務奨励会から給食が提供され、秋田県の高梨尋常高等小学校でも貧困児童のための給食が作られました。
明治44年には岩手県、静岡県、岡山県の一部で学校給食が提供されるようになり、東北、東海、中国地方と場所もバラバラに少しずつ導入が進んでいったのです。


■ 広がりを見せる大正時代

大正3年になるとついに首都である東京において、学校給食への取り組みが始まり、私立栄養研究所が文部省の科学研究奨励金を受け、近隣の学校の児童に提供を始めたという歴史が残っています。
大正8年には東京都の前身にあたる東京府が私立栄養研究所の所長であった佐伯氏のサポートのもと、東京府直轄の小学校にパンの配給がされるようになりました。
そして大正12年、文部次官通牒で学校給食が奨励され、5色ご飯と具だくさんで栄養価のあるみそ汁などが各地の学校で提供されました。
一汁一菜のシンプルな献立ですが、ご飯にも、味噌汁にもさまざまな具材が入り、多彩な栄養素をしっかり摂れるように工夫されていました。


■ 貧困児童救済や栄養不良の改善が目的だった戦前

昭和7年9月に文部省訓令「学校給食臨時施設方法」が発せられ、貧困児童救済のための学校給食が国庫の補助によってスタートします。
さらに昭和15年4月には文部省訓令「学校給食奨励規程」により、支給対象を貧困児童のほか栄養不良児、身体虚弱児にも広げて内容の充実が図られました。
ですが、その翌年、太平洋戦争が開戦したことにより、日本全国で食糧不足のため、学校給食は中止に至るのです。